[本]

「乃木坂春香の秘密(10)」読了。 / 2009-06-25 (木)

 しばらく、電撃文庫作品が続きます(笑)。

 電撃文庫6月の新刊、『乃木坂春香の秘密10』(五十嵐雄策著)です。

 9巻の終わりが、バレンタインのどたばた騒動から裕人が家に帰ってくると椎菜がいた、っていうシーンで終わってたので、 どうなるやらと思っていましたが…うん、乃木坂ってこういう作品だよね(謎)。

 今回の構成は4話+エピローグ。全体的な印象としては、ようやくストーリーに巻きが入ってきた感じです。 内容的には、いつも通り、べたべたアマアマお約束なラブコメです。

 麻衣ふぇあれいでぃおで、ミキティかワダアツ(電撃文庫編集部の三木一馬氏と和田敦氏。ともに乃木坂の担当編集)が言ってましたが、 乃木坂は読後感として、春香のかわいさが残るように意識しているってことでしたが、さもありなん。 10巻の最初の話が、椎菜メインの話で、「あー、椎菜もかわいいなー。なんとか報われて欲しいなー」とか思ってるのに、 途中から意識が春香に向き始め、最後まで読み終わると、椎菜はどうでもよくなっていて、春香の印象だけが残っているという(苦笑)。 まぁ、それだけ春香のキャラの作り方が反則気味だってことなんですが。

 ちょろっとだけ各話の話をすると、椎菜メインの話は、まぁお約束な展開。勇気出して攻めてみるも攻めきれず…。 ラクロスの話では、新たにフラグをひとつ立て…。那波さんの話でも、なんか微妙にフラグ立ってるような…(全然内容説明になってない。気になる人は買って読もう(ぉ))。

 「乃木坂春香の秘密」という作品自体、大昔の少女マンガのお約束的展開をベースに、最近の少年誌的なお色気を混ぜてるような作品なので、 ある意味、想像から外れた展開にはならないのが、長所であり短所ですね。好き嫌いは結構はっきりわかれそうではある。 ま、わたしは大好物ですけどね(きっぱり)。

 しかし、最近は、すっかりタイトルである「秘密」ってファクターがどっかいっちゃってるよねぇ(未読の方向けに。春香がいわゆるアキバ系趣味を持っていることが「秘密」なのである)。 まぁ、そもそも学校のシーンがあんまり出てこないので、秘密を隠さないといけない相手がいないってのもあるんですが…。

 でも、ラクロス物のアニメが好き(ノクターン女学園ラクロス部)という理由で、ラクロスのコーチ頼まれるとか、 美夏は一体どういう説明をしたんだ、と正直思った(笑)。美夏の同級生達には、どう考えても春香の趣味は秘密だと思うんだが…。

 個人的には、最後にちゃんと春香の趣味をみんなに理解してもらうっていうエンディングを期待したいところ。 椎菜、良子、麻衣、3バカ辺りのクラスメイトはばらしても大丈夫そうだし。信長はいわずもがな(っていうか、明らかに知ってるだろ奴は)だし。

 前述の通り、ようやくストーリーに巻きが入ってきたので、いよいよクライマックスに向けて、 次巻から展開していきそうです。

 いやぁ、椎菜は最後どうなるんだろうねぇ…。 いやまぁ、結末自体はわかりきっているわけですが、どういう展開になるのかは気になりますわ。 あんまりひどいことにならないといいんだけど(苦笑)。 きっと、シリーズ読者はみんな椎菜を応援してると思うんだ。たとえ噛ませ犬でも、当て馬でも、なんとか輝いて欲しいところ。

 椎菜以外の立ちまくってるフラグもどうなるんだろう(笑)。全部そのままなかったことにされるのかなぁ。 最低限、美夏はなんらかのフォローが入ってくるとは思うんだけど…。 巻が進むに連れて、明らかに美夏の本気度が上がっていってるからなぁ。そのまま放置だとちょっとかわいそう。

 できれば、フラグ立ってるキャラがみんな集まって、本気で裕人を取り合ってしっちゃかめっちゃかになるとか、そういう話が見てみたいです。 すごく楽しいことになると思うんです。五十嵐先生、是非ご検討をお願いします(笑)。



■「乃木坂春香の秘密(10)」(五十嵐雄策著、電撃文庫)

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「狼と香辛料(XI)」読了。 / 2009-06-22 (月)

 読んだものは、なんでも書いてみようという気になったので、適当につらつらと。

 つーわけで、電撃文庫5月の新刊、『狼と香辛料XI~SideColors2~』(支倉凍砂著)です。 ちゃんと発売日(より正確には数日前)に買ったというのに、部屋の掃除のせいでどっかに紛れていたという…。 先日予想外のところから出てきたので、やっと読むことができました(苦笑)。

 シリーズ読者ならサブタイトルを見ればわかる通り、本筋の長編ではなく短編集です。 収録されているのは、ホロとロレンスの日常を描く短編2編と、エーブ・ボランの生い立ちを描く中編が1編の計3編。

 ホロとロレンスの2編は、結構古めの話ですかね。各巻の内容をしっかりとは覚えていないので、正確に何巻の辺りとはいえませんが、 タイムライン的には序盤の方の話でしょう。ちゃんと行商で商売しようとしてるし(最近の巻だと、収入あるのかよくわからんのよね。寄り道ばっかりしてるし(笑))。

 で、この2編は、あとがきで著者自身が書いている通り、「ベタ甘」です(笑)。 本筋の長編は、何かしら騒動があるので、まったりした雰囲気にはならんですからね。短編集ならではといえるでしょう。

 しかし、ホロの思考っていうのも、論理的なようで、かなり気分屋だし、 そこにロレンスがなんとなくうまく乗っかって展開していくので、個人的には「へー、そーなんだ」としか思えないんですけどね(苦笑)。 どっちかがルールにのっとって動いていれば、まだ違うんでしょうけど。 下手に読解しようとせず、流れのままに楽しむのが正しいんだろうなぁ…(苦笑)。

 3編目のエーブの中編。これは、家が没落して、エーブが商人として身を立てようとしている頃の話。

 本編では凄腕の商人として登場するエーブが、まだ貴族気分が抜け切らないお嬢さん然としてるところが、面白いですな。 これは中編だけあって、いつもの長編のような構成になっています(読んだことある人はわかるよね?)。

 最後に、読者の知る「エーブ・ボラン」にクラスチェンジ(?)するわけですが、そこから本編までの間を考えると、 なんとも複雑な気分になりますなー。あとがき見る限り、この中編は後付けっぽいので、もともとどういう設定だったのかが気になったりしますが。

 しかし、この中編では「文字」というのが、非常に重要な要素になってるんですが、ちょっとわかりづらいんですよねぇ…。 具体的にどんな文字を使ってるのか、イメージしづらいので、「そうなんだ」といわれても、納得しづらいというか(苦笑)。 特に最後に出てくる名前については、もっと明確に説明しても良かったのではないかなぁと(ぶっちゃけ、なんでそうなるのかわかってません、わたし)。

 まぁ、基本的にこの作品は、読者が知りようもないことが原因で、状況がひっくり返るので、今更いってもしょうがないかも知れませんが…。

 普通に面白いんだけど、どうにも小骨が喉に刺さったような読後感です、はい(苦笑)。



■「狼と香辛料(XI) Side Colors2」(支倉凍砂著、電撃文庫)

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「世間さまが許さない!」読了。 / 2009-06-11 (木)

 えらい久しぶりの本の感想です。というか書くのいつ以来だろうと思ったら…2006年以来でした(苦笑)。

 さて、という訳で、2年半ぶりのネタ(笑)は、岡本薫氏の『世間さまが許さない!-「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」』(ちくま新書)。

 この本は、端的にいうと、日本人が元来持っている性質と、戦後日本に導入された民主主義がいかにミスマッチをもたらしているかということを、分析しているものです。

 本文に先駆ける形で、民族の特質というのは「優劣をつけるものではない」ということが、まず論じられます。 各民族の特質は、「向いてる」ものと「向いてない」ものがあるだけであって、絶対的な基準は存在しない。 特質に優劣をつける場合、基準をどこに置くかでまるで変わってくる。

 一例を挙げれば「豊かな生活」と一口にいった場合、この定義を「金銭的に恵まれて、各種ハイテクに支えられた生活」とするか、 「本来の人間が持っている自然と共生する生活」とするかによって、優劣はほぼ正反対になってくる。

 このように、ある民族の視点が常に基準におかれるため、民族の優劣は何らか偏向したものでしかありえない。 こんな感じで、まず著者は感覚をニュートラルにせよと迫ってきます。

 次に語られるのが、日本人のもっている特質。 著者によれば、日本人が元来持っている性質は、「価値判断の基準を世間一般の考えにおく」、 「誰もが同じモラル感覚を持っている(持てる)はずだと信じている」、 「ルールよりもモラルを重んじる」ことだと論じている(これら特質をまとめて「日本的モラリズム」と呼んでいる)。

 これに関しては、否定する人はほぼおらんでしょう。 「赤信号みんなで渡れば怖くない」ではないですが、みんなと一緒で安心というメンタリズムは多かれ少なかれ、日本人は感じているかと。

 それに対して、本来西欧人の特質に向いている制度である、「自由と民主主義」というのは、「個々の内心がバラバラであることを前提にして」、 「一般に迷惑をかける行動のみをルールで縛る」という仕組みであるとする。 すなわち、「内心で何を考えていても問題がなく」、「ルールに反しない限りは行動も自由であり」、 「ルールに違反した場合はその責任として罰則が課される」という仕組みですね。

 これも、皆理屈でわかっていることだと思います。ある部分に多少引っかかりを覚える人もいるでしょうが、基本的には「自由と民主主義はそういうものだ」というでしょう。

 ここから、著者の分析が本格化します。 日本では「自由と民主主義」が導入されているが、同時に「日本的モラリズム」も生きている。 しかし、この2つは時に相反する要素ではないのか(つまり、日本人は自由と民主主義は向いていないのではないか)と論じます。

 これの端的な例として「ルール違反ではないのに、モラル基準に照らし合わせて社会的な批判が浴びせられる」とか、 「本来、システムの問題なのに、モラル(要するに根性論)で解決しようとする」、 「ルールに明確に違反しているのに、モラル基準で理解できると、許されてしまう」ことなどが挙げられています。 確かに、前述の「自由と民主主義」の前提に立てば、矛盾に満ちた行動といえるでしょう。

 本書では、この後「自由と民主主義によって、日本的モラリズムがいかに機能不全を起こしているか」、 「日本的モラリズムによって、自由と民主主義がいかに機能不全を起こしているか」という両面から多くの具体例が挙げられていきます。

 特に強調されているのが「自由と民主主義を導入して、内心はバラバラになるべきという方針であるはず(そして、実際にばらけてきている)なのに、 相変わらず、すべての人間が同じモラル基準を共有しているはずという日本的モラリズムに(無自覚で)どっぷりとつかっている」ということです。

 詳細な内容は是非、一読してもらいたいのですが、個人的に非常に得心した例は、この辺。

「いわゆるモンスター○○や、クレーマーといわれる人達は、旧来の日本人とは異なるモラル感覚を持っているが、 すべての人間が同一のモラル基準を持っているはずという、日本的モラリズムの前提に立って対応している。 だからこそ、彼らのモラル基準では、間違ったことが行われている(=悪)のに対して、『善意』で抗議を行っているのである (むしろ、他の人が抗議しないことが不思議でならない)」。

「国際的な交渉においてさえ、すべての人間が同じモラル基準を共有できるはず、という前提に立脚している」

 わたし自身、えろげ規制の請願が出たときに 「最近ともすれば「自分が不快であること」を「社会通念上許されない」という、言葉の置き換えで表現する人が増えているように思いますが」 という文章を書いてるのよね。

 前述の通り、これが「実際は内心がバラバラなのに、自分が世間一般とモラル基準を共有しているということを信じて疑わない」ということになるわけだ。 まぁ、確かに日本人って、社会通念上のモラル違反を、「悪」として糾弾してきたという前提はあるわけだしなぁ。 そういう意味では、THE日本人的なモラリズムの発動なのかも知れない(まぁ、えろげーまーがニュータイプかっていうと、それもなんか違う気がするが)。

 まぁ、えろげ規制の話に関しては、規制論者がモラル違反=悪という思想から抜け出せないのであれば、 規制論者と議論の余地はないわけで、そうすると、言葉は悪いけど、批判をいかにかわすのかという方向性で考えないとしょうがないんじゃないかと。

 もっとも、サブカルである以上、「目をつけられない」ということが一番大事なんですけどね(最近、それがわかってない人も多いようだけど)。

 閑話休題。本の話に戻ろう。

 全体を通してみると、正直、ところどころ「?」という内容は含まれているし、諸手を挙げて賛同する気もないですが、 日本の状況をきちんと捉えていると思うし、常に社会について色々考えている人にとっては、新たな視点を与えてくれる一冊だと思います。 ここまで読んでみて興味が沸いた人は、是非読んでみて欲しいです。突っ込みいれながら読めばいいのよ(笑)。

 あぁ、そうそう。最後の章に、ルールよりも世間さまのモラル基準を重視するのであれば、いっそ「自由と民主主義」を捨てて、 世間さまに基準をおいた「世間さま制」を実施してみれば、という思考実験がありますが、間違ってもこれを本書の結論として受け取らないこと。 あくまで思考実験として、想像の翼を広げてみるのをお勧めします。 どこが実際取り入れられそうか、どこが実現性が薄いのか、そういうのを考えてみるのが面白いと思う。

 というか、この「世間さま制」の思考実験は、実はこの本全体の確認テストなんじゃないかという気さえする。 一応、ニュートラルの状態で検討してみた結果、「モラル的」な実現性は置いとくとしても、「システム的」に実現が難しい要素が多々含まれているんだよね。 どうも、読み終わって数日経った現状では、著者から「きちんと、モラルとシステム分けて検討できましたか?」って言われてる気がしてならないのよ。

 とりあえず、久々に新書で読んで良かったと思えた本でした。


■『世間さまが許さない!-「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」-』
 (岡本薫著、ちくま新書)

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「闇の底」。 / 2006-12-22 (金)

 「天使のナイフ」でデビューした著者の2作目の本、「闇の底」(薬丸岳、講談社刊)を読了しました。 ちなみに「天使のナイフ」の感想はこちら

 前作「天使のナイフ」は、少年犯罪の加害者と被害者というのがテーマにありましたが、 今回は性犯罪(それも幼女の暴行殺人)の加害者と被害者がテーマになっています。

 まぁ、ミステリである以上、加害者に焦点があたるのは当たり前ですが、 この著者の場合、過去の事件の加害者、被害者がどんな風に生きているのか、どんな心情を抱えているのかといった点に焦点があたるのが特徴といえます。

 なんか、前作とテーマが似てるので、どうしても比較したくなってしまうのですが、いちいちやってもしょうがないので、最後にまとめて。

 この作品は、視点が入れ替わりながら記載されています。 『幼女暴行殺人事件の捜査本部』、『性犯罪前歴者殺人事件の捜査本部』、『性犯罪前歴者を殺害していく「男」の生活』の3つです。

 当初は関わりのわからないこの3視点は、「幼女暴行殺人が起きるたびに、性犯罪前歴者を殺す」という犯行声明により、結び付けられます。

 主人公といえる長瀬刑事は、子供時代に妹を暴行殺人で亡くしており、似たような犯歴を持つ犯人に対峙すると、感情が抑えきれなくなることもある。 警察官でありながら、懲役刑で贖罪を済ませ、のうのうと生活している前歴者を「私刑」として殺害していく「男」にシンパシーを感じてしまう。

 その犯人に対峙するとき、長瀬は何を思い、どんな行動をするのか。「闇の底」はそういう話です。

 正直にいって、作品の出来でいえば、間違いなく「天使のナイフ」の方が上です。 ある意味で、「天使のナイフ」よりも難しいテーマを扱ってはいるものの、ひどく中途半端な印象があります。

 おそらくですが、長瀬の想い、長瀬の妹の事件に関わりいわば長瀬の父親代わりでもあった藤川の想い、また犯人である「男」の想い、 こうした、それぞれの想いがいまひとつはっきりと見えてこないからでしょう。 前作は、人々の想いが強く感じられたからこそ衝撃的な作品でしたが、この作品は残念ながら、その部分がぼやけてしまった感があります。

 この作品の読了後の感想としては、「警察官は犯罪に潔癖でなくてはならず、加害歴も被害歴もないに越したことはない」ということでしょうか。 警察官というのは、法の執行者です。法の理念に基づき、時には理不尽であっても、その精神を体現した運用が行われなければなりません。

 わたしは犯人である「男」が誰なのか、また、どんな幕引きを望んでいるのかが、中盤で読めてしまいました。 その可能性に思い至らなかった人には、おそらく衝撃的な真相だと思いますので、また評価も違うかもしれません。

 まぁ、「天使のナイフ」の衝撃には及ばないというだけであって、単体で見た場合には、それなりの出来ではあるんですけどね(苦笑)。 期待しているからこそ、評価が厳しくなるわけで、また一皮も二皮も向けた次作に期待したいところです。


一応Amazonリンク:「闇の底」(講談社)


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「新ロードス島戦記」、完結。 / 2006-12-13 (水)

 今度は、前の書評から3ヶ月以上経ってるわ…(汗)。

 というわけで「新ロードス島戦記(6)~終末の邪教(下)」(水野良、角川スニーカー文庫)がいつの間にか出ていたので、買ってきました。 これは、「新ロードス島戦記」の最終巻であり、「ロードス島戦記」「ロードス島伝説」と続いてきた、ロードス島の物語の完結編でもあります。

 あまり厚くないラノベなので、とりあえず通勤の往復で読み終わりました。第一印象としては、さして問題も起こさず、きれいに終わったな、というところでしょうか。

 「新ロードス島戦記」は、マーモ公となったスパークと、小ニースの物語。 このシリーズを通して、スパークとニースも、完全に歴史上の英雄になってしまった感じがします。 RPGリプレイのスパークを知っている身としては、今の状態が不思議な気がしますが(苦笑)。

 …まぁ、それを言い始めると、パーンは鉄砲玉だし、スレインは薀蓄野郎だし、ディードリットなんてトラップ発見に命をかけてるエルフだったわけですが(苦笑)。

 しかし、いくら英雄になったとはいえ、スパークはやっぱり不幸だなぁとは思う。 そもそもからして、マーモ統治を言い付かる時点で、ありえないくらいの不幸だしな(笑)。 人気キャラの小ニースもらったからとんとんかも知れないけど。

 しかし、シリーズがこれで完結かと思うと、感慨深いものはありますなぁ。

 ロードス島シリーズは、いわずと知れた国産ファンタジーの金字塔であり、メディアミックス商品の先駆けでもあります。 小説版の「ロードス島戦記~灰色の魔女」から18年、大元である雑誌「コンプティーク」のRPGリプレイからだとちょうど20年。 思えば遠くに来たもんだ、って感じがしみじみとします。

 これだけシリーズが長きに渡ったのは、ひとえに作者、水野良の遅筆っぷりが原因だとは思いますが、 それでも、完結させることができたのは、作品世界の人気故でしょうね。

 わたしらより上の世代だと、「ホビットの冒険」とか「指輪物語」がファンタジーへの足がかりとなり、ベースになったわけですが、 下の世代になると、「ロードス島戦記」がその役割を果たしているのかもしれません。

 とりあえず、作者の水野良には、お疲れ様でしたと言いたい気持ちでいっぱいです。 出来うるならば、いい加減リウイを完結させて、魔精霊アトン問題をなんとかしていただきたいのですが(笑)。

 かつて「ロードス島戦記」の読者だった方は、「新ロードス島戦記」も懐かしさを感じつつも楽しめるかと思いますので、 完結を機会に一気に読んでみるのもいいかもしれませんよ?


一応Amazonリンク:新ロードス島戦記 序章 1巻 2巻 3巻 4巻 5巻 6巻