[本]

「世間さまが許さない!」読了。 / 2009-06-11 (木)

 えらい久しぶりの本の感想です。というか書くのいつ以来だろうと思ったら…2006年以来でした(苦笑)。

 さて、という訳で、2年半ぶりのネタ(笑)は、岡本薫氏の『世間さまが許さない!-「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」』(ちくま新書)。

 この本は、端的にいうと、日本人が元来持っている性質と、戦後日本に導入された民主主義がいかにミスマッチをもたらしているかということを、分析しているものです。

 本文に先駆ける形で、民族の特質というのは「優劣をつけるものではない」ということが、まず論じられます。 各民族の特質は、「向いてる」ものと「向いてない」ものがあるだけであって、絶対的な基準は存在しない。 特質に優劣をつける場合、基準をどこに置くかでまるで変わってくる。

 一例を挙げれば「豊かな生活」と一口にいった場合、この定義を「金銭的に恵まれて、各種ハイテクに支えられた生活」とするか、 「本来の人間が持っている自然と共生する生活」とするかによって、優劣はほぼ正反対になってくる。

 このように、ある民族の視点が常に基準におかれるため、民族の優劣は何らか偏向したものでしかありえない。 こんな感じで、まず著者は感覚をニュートラルにせよと迫ってきます。

 次に語られるのが、日本人のもっている特質。 著者によれば、日本人が元来持っている性質は、「価値判断の基準を世間一般の考えにおく」、 「誰もが同じモラル感覚を持っている(持てる)はずだと信じている」、 「ルールよりもモラルを重んじる」ことだと論じている(これら特質をまとめて「日本的モラリズム」と呼んでいる)。

 これに関しては、否定する人はほぼおらんでしょう。 「赤信号みんなで渡れば怖くない」ではないですが、みんなと一緒で安心というメンタリズムは多かれ少なかれ、日本人は感じているかと。

 それに対して、本来西欧人の特質に向いている制度である、「自由と民主主義」というのは、「個々の内心がバラバラであることを前提にして」、 「一般に迷惑をかける行動のみをルールで縛る」という仕組みであるとする。 すなわち、「内心で何を考えていても問題がなく」、「ルールに反しない限りは行動も自由であり」、 「ルールに違反した場合はその責任として罰則が課される」という仕組みですね。

 これも、皆理屈でわかっていることだと思います。ある部分に多少引っかかりを覚える人もいるでしょうが、基本的には「自由と民主主義はそういうものだ」というでしょう。

 ここから、著者の分析が本格化します。 日本では「自由と民主主義」が導入されているが、同時に「日本的モラリズム」も生きている。 しかし、この2つは時に相反する要素ではないのか(つまり、日本人は自由と民主主義は向いていないのではないか)と論じます。

 これの端的な例として「ルール違反ではないのに、モラル基準に照らし合わせて社会的な批判が浴びせられる」とか、 「本来、システムの問題なのに、モラル(要するに根性論)で解決しようとする」、 「ルールに明確に違反しているのに、モラル基準で理解できると、許されてしまう」ことなどが挙げられています。 確かに、前述の「自由と民主主義」の前提に立てば、矛盾に満ちた行動といえるでしょう。

 本書では、この後「自由と民主主義によって、日本的モラリズムがいかに機能不全を起こしているか」、 「日本的モラリズムによって、自由と民主主義がいかに機能不全を起こしているか」という両面から多くの具体例が挙げられていきます。

 特に強調されているのが「自由と民主主義を導入して、内心はバラバラになるべきという方針であるはず(そして、実際にばらけてきている)なのに、 相変わらず、すべての人間が同じモラル基準を共有しているはずという日本的モラリズムに(無自覚で)どっぷりとつかっている」ということです。

 詳細な内容は是非、一読してもらいたいのですが、個人的に非常に得心した例は、この辺。

「いわゆるモンスター○○や、クレーマーといわれる人達は、旧来の日本人とは異なるモラル感覚を持っているが、 すべての人間が同一のモラル基準を持っているはずという、日本的モラリズムの前提に立って対応している。 だからこそ、彼らのモラル基準では、間違ったことが行われている(=悪)のに対して、『善意』で抗議を行っているのである (むしろ、他の人が抗議しないことが不思議でならない)」。

「国際的な交渉においてさえ、すべての人間が同じモラル基準を共有できるはず、という前提に立脚している」

 わたし自身、えろげ規制の請願が出たときに 「最近ともすれば「自分が不快であること」を「社会通念上許されない」という、言葉の置き換えで表現する人が増えているように思いますが」 という文章を書いてるのよね。

 前述の通り、これが「実際は内心がバラバラなのに、自分が世間一般とモラル基準を共有しているということを信じて疑わない」ということになるわけだ。 まぁ、確かに日本人って、社会通念上のモラル違反を、「悪」として糾弾してきたという前提はあるわけだしなぁ。 そういう意味では、THE日本人的なモラリズムの発動なのかも知れない(まぁ、えろげーまーがニュータイプかっていうと、それもなんか違う気がするが)。

 まぁ、えろげ規制の話に関しては、規制論者がモラル違反=悪という思想から抜け出せないのであれば、 規制論者と議論の余地はないわけで、そうすると、言葉は悪いけど、批判をいかにかわすのかという方向性で考えないとしょうがないんじゃないかと。

 もっとも、サブカルである以上、「目をつけられない」ということが一番大事なんですけどね(最近、それがわかってない人も多いようだけど)。

 閑話休題。本の話に戻ろう。

 全体を通してみると、正直、ところどころ「?」という内容は含まれているし、諸手を挙げて賛同する気もないですが、 日本の状況をきちんと捉えていると思うし、常に社会について色々考えている人にとっては、新たな視点を与えてくれる一冊だと思います。 ここまで読んでみて興味が沸いた人は、是非読んでみて欲しいです。突っ込みいれながら読めばいいのよ(笑)。

 あぁ、そうそう。最後の章に、ルールよりも世間さまのモラル基準を重視するのであれば、いっそ「自由と民主主義」を捨てて、 世間さまに基準をおいた「世間さま制」を実施してみれば、という思考実験がありますが、間違ってもこれを本書の結論として受け取らないこと。 あくまで思考実験として、想像の翼を広げてみるのをお勧めします。 どこが実際取り入れられそうか、どこが実現性が薄いのか、そういうのを考えてみるのが面白いと思う。

 というか、この「世間さま制」の思考実験は、実はこの本全体の確認テストなんじゃないかという気さえする。 一応、ニュートラルの状態で検討してみた結果、「モラル的」な実現性は置いとくとしても、「システム的」に実現が難しい要素が多々含まれているんだよね。 どうも、読み終わって数日経った現状では、著者から「きちんと、モラルとシステム分けて検討できましたか?」って言われてる気がしてならないのよ。

 とりあえず、久々に新書で読んで良かったと思えた本でした。


■『世間さまが許さない!-「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」-』
 (岡本薫著、ちくま新書)

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[公演・ステージ]

6/3,5の「ウマいよ!地球防衛ランチ」。 / 2009-06-08 (月)

 最近、すっかり不定期観劇blogとなりつつあるなぁ…(echo)。 ドリル魂のときに、観劇感想まとめるといっていて、結局まとめてないしなぁ…。有言不実行すぎていかんですな。

 さて、というわけで、先週の水・金と見てきた劇団ヘロヘロQカンパニー21回公演「ウマいよ!地球防衛ランチ~残さず食べてね~」の感想なぞを。 千秋楽が昨日(7日)なので、あんまりネタばれは気にせず書いていきます。

 例によって、劇団紹介から。

 劇団ヘロヘロQカンパニーは、声優である関智一が主宰している劇団です。 劇団員も小西克幸や、長沢美樹など、主に声優で活動している方々が所属していたりします。

 個人的に、声優系の劇団って、あまりいいイメージがなかったんで、ぶっちゃけなめてたとこがあったんですが…。 えぇ、すいません、俺が悪かったです(苦笑)。思った以上にしっかりした公演でした。 まぁ、冷静に考えてみれば、本公演を20回以上重ねている時点で、しっかりした物は持っているはずなんですが(苦笑)。

 会場は新宿の全労済ホール/SPACE ZERO。あまりの女性比率の高さに、一瞬入るのを尻込みしたのは内緒だ(笑)。 実際、女性が7割から8割といったところでしょうか。どちらかというと、男性向きの話をやっているのになー。

 んでまぁ、実際にホールの中に入ってまず思ったのが「金かかってるなぁ…」ということ。 正直、そこらの小劇団なら発狂しそうなくらい金がかかった舞台装置が構築されていました。これは、前売りが4900円になるわ…。

 あと、ホール自体も近代的で使いやすそうでしたね。ステージも可動式である程度いじれますし、 照明バトンもわらわらあって、かなり自由な演出ができそうな感じでした。 伝統と格式では及ぶべくもありませんが、こと使いやすさって意味では、紀伊國屋ホールより上かもとか思ってしまいました…。

 舞台内容は、地球防衛組織「FRY」の前線基地で起こる騒動を描いたものです。 基本的にコメディタッチで、ネタ満載、アクション豊富、それでいてストーリー的にはきちんと伏線を張り、見所を作っているという、 非常によく練られた作品でした。

 基本のストーリーは、基地内に緊急警報が鳴り響き、隊員達が花人間になって襲ってくるというもの。 その原因を突き止め、対処法を発見し、解決するまでが描かれています。

 メイン級の役者には皆見せ場があり、それぞれの出演者のファンが見ても、そこそこ満足できそうな感じ。 メイン級と一口にいっても、関智一、小西克幸、長沢美樹、永松寛隆、那珂村タカコ、大河元気、小川輝晃、能登麻美子と、これだけいるわけで、 それぞれ見せ場があるってのは、すごいことなんですが(苦笑)。

 個人的に印象に残ったのは、長沢美樹、那珂村タカコ、小川輝晃の3人。特に長沢美樹はおいしすぎ(笑)。 ゲームマニアの女医ミウラという役どころなんですが、これがバイオハザード(ゲームのね)にはまっていて、 途中で殴られて意識が飛んだ後は、ミウラ・ジョイノビッチとして、朦朧状態のまま、本家ミラ・ジョヴォビッチばりの活躍をするという…(汗)。 極めつけは、シャッターから、赤い照明に照らされ、バイクにまたがった姿で登場するくだりで、ここまでやるかという感じでしたよ。 多分公演中で一番受けていたシーンだと思います。

 そして、最後の最後、実はこの大騒動が、マチル(能登麻美子)とトビイ(大河元気)の痴話喧嘩(謎)が原因であることがわかるわけですが、 おっさんエロゲーマーとしては、アリスソフトの「ぷろすちゅーでんとGOOD」を思い出してしまいました(あれも宇宙人の襲来が実は夫婦喧嘩が原因だったという話なので…)。

 水曜夜公演、金曜夜公演と2回見たわけですが、その2日の間にも大分進化していましたし、 それに何より、序盤から多くの伏線がちりばめられているので、真相を理解した上で2回目が見れたのはとても面白かったです。 「これが、あれの伏線なのね」とか「あー、ここでこんな細かい伏線をきちんと張ってるんだ」とか、複数回鑑賞の醍醐味を堪能できました。

 あーちなみに、言わなくてもきっとわかると思うけど、わたしの目当ては「能登かわいいよ能登」の能登さんでした(笑)。 初日はちょっと声の出し方がつらそうだなと思ったところが、金曜はだいぶ改善されていて、日々進化していくもんだなぁと感心しきり。 …しかし、よくあの役をオファーしたものだと思う。そのくらい意表は付かれました。詳細が気になる人はそのうち出るDVDででも(ぉ)。


[公演・ステージ]

2/28の「ドリル魂~横浜現場編~」。 / 2009-03-02 (月)

 最近、すっかり不定期観劇blogとなりつつあるなぁ…。 そういうわけで、2月にごそごそっと見て来た各種公演について、感想をまとめていきます。 例によって、ちゃんとしたレポートにならない可能性が高いですが、それはご容赦を…(汗)。

 第1弾は順番が前後してしましますが、直近の先週土曜に見て来た「ドリル魂」から。

 会場は、神奈川県立青少年センター・ホール。 桜木町から徒歩5分、紅葉坂の上に神奈川県の文教施設が集まっている一角があるんですが、青少年センターもその中にあります。 ここには他に、県立の図書館や音楽堂、能楽堂などがあります。

 さて、ドリル魂はわたし自身は2007年9月の池袋現場に続いて2回目です。 池袋現場の感想はこちら

 ドリル魂は、建築現場を舞台にしたミュージカル作品です。 現場で起こる様々な事件をめぐる人間関係を中心に物語は進んでいきます。 恥ずかしいくらいにストレートで熱い台詞と進行が特徴の舞台です。

 今回の横浜現場編は、2007年4月の初演(厚木・新宿)、同9月の再演(美浜・池袋)に続く第3弾。 初演と再演も若干内容の変更があったようですが(どちらかというと、不測の事態により変更せざるを得なかったというか…)、 今回の横浜現場は、伊阪達也、AKB48のユニット渡り廊下走り隊をゲストとして迎え、大きく内容が変更されて上演されました。

 わたしが見たのは、28日夜公演。

 ゲストに関わる部分はストーリーも変更されていますし、新曲も用意されています。 池袋の時と比べて、全体的に展開がスピーディになったのと、ダンスがかなり増えていた印象ですね。 ただでさえハードなステージなのに、ほんとお疲れ様です…。

 今回変更された部分以外についても、歌もダンスもブラッシュアップされ、かなりキレがよくなっている印象。 池袋では、結構ハラハラしたようなソロも、しっかりと安定していて、正直驚かされました。

 メインのストーリーは池袋現場では、建築偽装が見つかって建て直しが…という話でしたが、 今回は施工主が倒産して、アラブの大富豪に買収されるという設定に変わっていました。 相変わらず、こういうとこに時事ネタ突っ込んでくるのは、扉座らしい。 まぁ、元請は相変わらず「木村建設」ですけどね(苦笑)。

 池袋現場のときは、体調の問題で出られなかったエアリアル担当の初代小梅こと桧山宏子の演技も見れたし、 やはり池袋現場で不名誉な欠席となった犬飼淳治も今回はしっかりと出ていて、そういう意味でもうれしかったです (犬飼さんは、去年の御伽の棺で、完全に一皮向けたと思ってます)。

 さて、今回のゲストの2組。

 まず、伊阪達也ですが、熱いサラリーマンを演じています。 横内謙介からの指示は「サラリーマンらしさを残して、現場連中と同化しないように気をつけろ」ということだったようですが、 出番の尺が短すぎ、この立場の違いが今一つわかりづらかった気がします。 それでも、個人としての見せ場は結構あり、我等が西ヤン(謎)のつけた結構ハードな殺陣もこなし、ハイテンションさは伝わってきました。

 次に渡り廊下走り隊の4人組。中学生2人、高校生2人というユニットです。 それなりに出番はあって、頑張ってはいましたが、演技については今後に期待ということで。 歌のシーンではさすがに堂々としたものでしたけどね。

 彼女らの本領が発揮されたのは、公演後に行われたアフタートークショウ。 4人揃っている安心感もあるのかも知れないが、横内謙介にがすがすツッコミを入れている様は、苦笑するしかなかった。 まぁ、横内謙介がすごい人だというのも、あまりわかっていないのかも知れないけど(苦笑)。

 ただ、あのフリートーク状態で、舞台上で臆することなくぽんぽんと言葉を返していく様は、 さすがに舞台慣れしている(というか、慣れすぎている)印象で、素直に感心しました。 あのクソ度胸(あえてこう書く)は、もしこれから舞台をやるのであれば、大きなアドバンテージになると思う。 もちろん、演技自体がモノになるかどうかは、素質と努力次第でしょうが。

 いずれにしても、このゲストのおかげで、ただでさえカオスなドリル魂が、ますますカオスになりました。 それは客席も同じで、色んな人種がごった煮になっている感じで、面白かったです。 ただ、AKBファンの方々は、PPPHやコールの類はちょっと勘弁して欲しかった。 君達の熱い思いは、秋葉の常設劇場でぶつけてくれたまえ(苦笑)。 まぁ、設定上「初恋ダッシュ」でコールかけるのはありかなぁ…むむむ。

 さて、ここからは総括というか、色々この公演をきっかけに思ったことを書く。

 多分、今回のゲストについては(特に4人娘については)、既存の扉座ファンからは賛否両論あると思う。 ぶっちゃけ、否の方が優勢ではないかとさえ思う。

 ただ、否という人に言っておきたいのは、今回の公演は、主催が神奈川県の文化課であり、 「若者が観劇する機会が減っているので、若者が来てくれて、楽しめるような舞台を」という前提から始まっているということ。 わたしもそういう意識でいたので、今回、特に不満を感じることもなく、微笑ましく見ることができました。

 実際、blogなどを巡回してみると、伊阪達也目当て、4人娘目当てで来ていた人達も、 素直に楽しんでくれた人が多いようで、特にエアリエルの演技には、みんな感心したようだ。 そういう意味で、ゲストを呼んだ意味がちゃんとあったのではないか。 それも、舞台演劇界ではない世界から人を呼んだからこそ、客席にもコラボレーション効果が出たと思うのです(伊阪さんは業界に片足突っ込んでますけど(笑))。

 振り返ってみると、わたしの演劇の興味は、サクラ大戦歌謡ショウが出発点です。 最初の興味は当然のごとく「サクラ大戦の声優さんがやってるショウだから」だったわけですよ。 ただ、そこから舞台演劇そのものに興味を持ち、サクラつながりで扉座を見るようになり、その他多くの演劇等も見るようになっていった。 今では興味を持てば、ごくごく小さな劇場に単身突っ込んでいき、ほとんど出演者の身内(多くは演劇関係者)の中に紛れて観劇することもある。

 そんな自分からしてみても(いや、だからこそなのかな)、やはり演劇は敷居が高いと思う。 演劇をやる人たちが、コミュニティを形成しているおかげで、逆にそうじゃない人達との接点が薄れてるというのかな…。 誤解を恐れずにいってしまえば、演劇関係者だけが固まって何かやっているように見えてしまうのです、外から見ると。

 元々、扉座は厚木市とタッグを組み、本公演を必ず厚木で市民向けに上演しています。 また、学生向けワークショップにも熱心で、演劇の普及に力を入れている劇団です。 そういう扉座が、今回の公演を行ったのは意味のあることなのではないかなぁと。

 今回客席に学生の姿を多く見ましたが、その彼らがこれをきっかけに、1人でも多く今後も観劇の習慣がついたらいいなぁと思います。 きっかけは、なんだっていいじゃない。大事なのは、それをどうつなげていくかだよ。 それこそ、AKBファンが扉座ファンになったりしたら、面白いじゃない(笑)。わたしゃ楽しい舞台がいっぱい見たいだけなんじゃよ。

 …勢いに任せて書いたら、またなんか話が発散しすぎた気がする(苦笑)。失礼いたしました。

扉座公式サイト

 写真の説明。1枚目はFM YOKOHAMA「トレセン」のスタジオ内で建築された赤レンガマークタワー(笑)、2枚目がパンフレット、3枚目がチラシとセットリスト。


[公演・ステージ]

2008年ステージ総括。 / 2009-01-13 (火)

 1月もすでに中旬になっておりますが、ようやく今年の初更新です(汗)。 新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 今年はもう少しちゃんと更新したいねぇ(と毎年言っている気がする)。

 さて、株のデータなんかは、最近全然まとめて切れてないので、とりあえず2008年の観劇・鑑賞の総括でお茶を濁す所存。

 昨年は、ミュージカルを中心に、26公演を見てきました(落語は除く。落語は席数で考えた方が妥当な気がするので)。

 独立した記事として書いている公演もありますが、ざっと振り返ってみます。以下の公演順序は見た順です。ぶっちゃけ長いよ!!

■ペテン師と詐欺師(鹿賀丈史・市村正親/日生劇場/1月5日)

 初日を鑑賞。鹿賀丈史はわたしがミュージカルにはまったきっかけなので、この名前があると無条件に行きたくなる。 終演直後はアメリカっぽい下品さがてんこ盛りで、正直、二度と見ないと思ったのだが、今振り返れば、 再演があれば行きたいと思うのが不思議。完成度は間違いなく高いんだけどね。

 鹿賀、市村は安定。ソニンもすごくよかった。この人は清楚な役も、柄の悪い役もきっちりこなすので、 この舞台のように両方兼ね備えた役はぴったり。ソニンは東宝系ミュージカルの常連になりつつあるし、これからますますミュージカル女優としての評価は高まりそう。

■ジンギスカン~わが剣、熱砂を染めよ~(平岳大/ル・テアトル銀座/1月6日)

 市川猿之助総合演出と看板は掲げていたが猿之助臭がする演出は一部のみ…。 平岳大を主演に、ベテランが脇を固める布陣。演出は悪くなかったけど、平岳大にはもう一層の精進を期待したい。 ヒロイン役の相田翔子はちょっと厳しいものがあったなぁ…。

 というか、ぶっちゃけ、全体の雰囲気がコマとか明治座の座長公演チックなんだよねぇ…。 助演が豪華だっただけに色々もったいない。

■BLUEMAN GROUP(インボイス劇場/2月2日)

 顔を青く塗った3人組のショウ。どこかで名前や映像を目にした人も多いのではないかと。 普通に楽しいコメディショウ。馬鹿になって楽しむのが正解なんで、いまいち乗り切れなかったなぁ。

 ひとりで行くとピックアップされた時に切なくなるので、ある程度の人数で行くのが楽しいと思う。 半年くらいで終わるかなと思ったら、1年以上たった現在もロングラン中。行きたい人がいたら一緒に行きましょう。

■ラ・マンチャの男(松本幸四郎/帝国劇場/4月19日)

 実は21世紀初頭から見たいと言い続けていたラ・マンチャの男。ようやっと見れました。3列目で(ぉ)。

 松本幸四郎はオーラが別格。作品によっては浮いてしまうんじゃないかと一瞬思ったくらい。 セルバンテスはともかく、ドン・キホーテは浮いてるくらいでちょうどいいので、良いのですが (セルバンテスとドン・キホーテの2役。作品全体はセルバンテスが語る即興劇の形をとっている)。

 サンチョ役の佐藤輝は歌が妙にきつそうだったんだけど、今でもあれが演出なのか調子が悪かったのか判断がつかない(苦笑)。 まぁ、佐藤輝は舞台は何度も見ていて、歌が気になったことはないので、演出だと思いたい…。

 アルドンサの松たか子も華がある。てか、妙に色っぽい。

■お伽の棺・韓国版(劇団扉座/多目的スペースumu/5月16日)

 鑑賞時のレポはこちら

 2008年で最も感動した舞台。同じ面子が集まって演じられることはもう二度とないだろうけど、 できたらきちんとしたところで、見直したい。あんなノイズのある場所でも、あれだけ引き込まれたのだから。演劇の力を見せ付けられた。

■TOWER OF POWER(BLUE NOTE TOKYO/5月21日)

 随分と久しぶりのBLU NOTE TOKYOでした。TOWER OF POWERはベテランのファンクバンド。 日本の感覚だと歌謡曲っていうか、演歌レベルのベテラン度合いなんじゃなかろうか。 手を伸ばせばメンバーと握手できる至近距離での鑑賞、満足。高価なりのことはある。

■DRACURA-ドラキュラ伝説-(松平健/新国立劇場中劇場/6月21日)

 鑑賞時のレポはこちら。 取り立てて追記することもないかな。

■新感線RX「五右衛門ロック」(劇団☆新感線/新宿コマ劇場/7月18日)

 鑑賞時のレポはこちら

 2008年で最も楽しかった舞台。本当にもう1回見たかった。今年ゲキxシネ化されるので、絶対見に行く。 こういう豪華な大衆演劇みたいなものが受けてるのは、素直にいいことだと思える。DVD化も待ってます(笑)。

■道元の冒険(阿部寛/シアターコクーン/7月19日)

 鑑賞時のレポはこちら

 難解な作品なので、今になってみるともう一度見直してみたい気はするんだよなぁ。

■Go to the NEW STAGE! THE IDOLM@STER 3rd ANNIVERSARY LIVE(パシフィコ横浜国立大ホール/7月28日)

 鑑賞時のレポはこちら

 今年の一発目のイベントは残念ながら抽選漏れでしたが、今年も4周年ライブがあることを信じている俺がいる。

■阿片と拳銃(劇団M.O.P./紀伊國屋ホール/8月9日)

 前述の「お伽の棺」などに出ている扉座の岡森諦目当てで見に行った舞台。 ものすごくしっとりとしていていい舞台だった。キムラ緑子のラストシーンが光った。茶化すようなエンディングはちょっと微妙だったけど(苦笑)。

 岡森諦は、爺さん役もよかったけど、やっぱり筋者の格好してるとすごく似合うなぁと思った。

■ピーチくりんだパプー(遊々団ブランシャ・ヴェール/SPACE107/8月11日)

 原案が田中真弓、出演が西原久美子、伊倉一恵、田中真弓という、なんかどっかで見たような面子が揃ってるのを見つけて、慌てて見に行った舞台。

 開始15分くらいで、とんでもないとこに来ちゃったなぁと思ったものの、中盤からは一気に引き込まれた。 西原久美子は年いくつだ(謎)。伊倉一恵が歌い始めると雰囲気が変わる、田中真弓もサービス精神旺盛すぎ。あなたは小林幸子ですか(謎)。 歌はちょっと厳しい人もいましたが、全般的にはそこそこの水準で安定してました。

 ただ、色々惜しいところはあったなぁ…。導入もそうだし、演出もブラッシュアップすればもっといいものになった気がする。

■blast!2 -MIX-(東京国際フォーラムホールC/8月10日、8月20日)

 一昨年とは若干プログラムをいじってきた今年。流れは良くなった気がするけど、やっぱり初代の方が好みだなぁ。 唯一の日本人キャストであるバトンの本庄千穂は頑張ってはいたけど、 一昨年の稲垣正司のバトンと比べるとどうも見劣りする気がした。稲垣正司のパワフルさが気に入ってたからかなぁ。

 あ、ちなみに、今年のblast!はまた初代です(もうなんかすっかり夏の定番と化した感)。

■新・水滸伝(二十一世紀歌舞伎組/ル・テアトル銀座/8月23日)

 脚本が扉座の横内謙介、演出が市川猿之助。久々の猿之助演出の二十一世紀歌舞伎組。 歌舞伎らしさを残しつつ、新しいものがきっちり出来上がっていました。 新歌舞伎の類って、ほとんど見たことなかったんだけど、これはこれですごくいいいものですな。

 話は水滸伝の「祝家荘の闘い」を舞台にした林冲(市川右近)が主役の話ですが、 見た人なら一番印象に残ってるのは王英(市川猿也)でしょう。なんでも、横内謙介は王英が主役だと口にしていたそうですが…。

 その他、春猿、笑也、笑三郎の3女形もこれぞという動きを見せていますし、殺陣もいい。きっちりした仕事でした。

■サクラ大戦紐育レビュウショウ~歌う大紐育3~ラストショウ(天王洲銀河劇場/8月28日、8月29日、8月30日)

 鑑賞時のレポはこちら

 書きたいことはレポに全部書きました。もうすぐDVDが発売になるなぁ…。

■東京JAZZ2008(東京国際フォーラムホールA/8月31日)

 毎年恒例の東京JAZZ。世界中から相当ごつい面子を集めて開催されています。 つっても、わたしゃ結構門外漢なんで詳細は語れませんが。スライの登場時の雰囲気はとんでもなかったですが。

 プログラム最後のどんどん参加者が増えていくセッションはまさに興奮の坩堝といった印象。また来年も行くでしょう(笑)。

■ミス・サイゴン(帝国劇場/10月18日)

 この日のキャストはエンジニアが橋本さとし、キムが知念里奈。

 話には聞いてましたが、巨大なホー・チミン像に、実物大のヘリとか、本当にど派手な舞台装置ですこと…。 もっとも、このオリジナルバージョンを上演しているところは、世界中で日本しかないそうですが。

 ストーリーはベトナム戦争の話なので、あまりに欧米人目線すぎて、アジア人にはちょっと鼻につくところがありますが、 それを差し引いても、十分価値のある舞台でした。 どうしても、市村正親・ソニンの組み合わせが見たいので、2月の博多座公演に行ってきます…。

■THE TAP GUY(博品館劇場/10月25日)

 実在の黒人タップダンサー、ビル・ロビンソンをモチーフにしたミュージカル。 玉野和紀とHIDEBOHがビルを演じ(青年時代と壮年以降で変わる)、マネージャーのマーティは小堺一機。

 名前の通り、タップが主体になっている話で、タップバトルは本当に見ごたえがありました。 裏目的である横山智佐も堂々たるもので、すっかり舞台女優だなぁ、この人は。

 ストーリー的には、ちょっと「?」な点も多々ありますが、きれいにまとまっている舞台ではありました。

■Gordon Goodwin’s Big Phat Band(BLUE NOTE TOKYO/11月4日)

 今年2回目のBLUE NOTE。Big Phat Bandは日本ではアマチュアバンドに大人気のビッグバンド。 メンバーはスタジオミュージシャンが中心とのことで、派手さはなくも安定した印象。 てか、また最前列で、手を伸ばせばGordon Goodwinに触れるような位置でしたよ…? しかし、あれだけの人数がBLUE NOTEのステージに乗り切るんだなぁということに感心(苦笑)。

■人生のクライマックス(劇団扉座/紀伊國屋ホール/12月2日)

 演劇集団キャラメルボックスの岡田達也を客演に迎えた扉座の本公演。 建築確認を不正な手段で通そうとするコンゲーム的なストーリーを中心に話は進み、 篭絡対象である実直な公務員の抱えている秘密がいわばオチ。

 なんというか、「あーその気持ちなんかわかるわー」と何度思ったことか(苦笑)。 まぁ、自分の世代よりもうちょっと上の世代のパパ達にはかなり刺さる内容かと思います。

 岡田達也も良かったけど、その秘密を抱えている公務員の有馬自由がすごく良かったなぁ…。 もちろん、岡森諦はこわもてっぷりを発揮して、良かったです。

 本筋とはまったく関係ないんですが、岩本達郎の「最近までゲーム業界にいまして、それもえろげーの方で」 っていう、台詞にドキっとしてしまった俺がいる…(苦笑)。なんか予想外のところで「えろげー」って単語聞くとびびるのよ。

■K2C Sunshine Band(MOTION BLUE YOKOHAMA/12月26日)

 K2CSBは、米米CLUBの面子が何らかのコンセプトで行うライブユニット。 そもそも、K2C Sunshine Bandって名前からして、KC & Sunshine Bandのもじりだし(まぁ、米米CLUBの略称のK2Cもあるバンドのもじりなんですけど)。 クリスマスソングありーの、スタンダードナンバーありーので、安心して楽しめましたよ(謎)。

 まぁ、米米の癖があって、バンドの振りにすごい勢いで客席が反応してたりってのは面白かったですが。 しかし、スタイリスティクスの「愛がすべて」って、なんであんなにネタくさくなっちゃうんだろう…(苦笑)。

 というわけで、えらい駆け足で2008年を振り返りました。 これ以外に落語を30席くらい見ているんですが、そっちは色々書きづらいこともあるので、パスということで(苦笑)。 ただ、30席っていうと、寄席に1日こもると聞けてしまう量なので、余りに少ないよねぇ。今年は頑張ります。

 一応今年の目標は30公演+落語100席なので、なんとか達成できるように頑張ろう…。 現時点で予定に入っているのは4公演。まぁ、なんとかなるだろう(財布のことは気にしないことにする(ぉ))。

 ちなみに、種々の予定のところに、鑑賞予定リストがあるので、興味がある人はどうぞ。 検討中のところのチケットに興味がある人は、声をかけてくれれば一緒に取れるかも知れません(笑)。


[社会]

臨時国会にまたエロゲ規制の請願が出てることについて(第2版)。 / 2008-10-21 (火)

 書こう書こうとは思っていたものの、ずっとスルーしていたのだが、まぁ、ちょうどいい機会なので、 一度まとめておこうと思う(なんか、サマータイムのときと同じだな(笑))。 なお、請願の全文が手に入ったら、大幅に改訂する可能性があることをあらかじめ付記しておきます。

 とりあえず、えろげユーザー含めこれを見た人にお願い。規制論に対して、決して感情的な反応は示さないでください。 感情的な反応を返すことは、規制論の助けになることはあっても、規制撤回には進みません。 感情論の応酬となってしまったら、絶対に数の力には勝てません。 落ち着いて、いかに規制論が不備な主張であるかを指摘する方向性で対処をお願いします。

 今回の請願に反論する前に、まず表現規制に関する自分のスタンスを明記しておきます。

 自分のスタンスは「表現規制はその違法性にのみ留意すべきであって、社会一般の認知度または許容度に影響されるべきものではない。 ただし、見たくない権利には十分に配慮しなければならない」というものです。 平たくいうと「例え国民の99%が眉をひそめる表現であったとしても、明確な違法性がないのであれば規制してはいけない。 ただし、見たくない人が見ないで済むように、どのように公表するかについては、十分注意を払うべき」ということです。

 さて、では前置きはこれくらいにして、本題に入りましょう。

 まず、法務委員会に付託された該当請願の情報はこちら(新しいページで開きます)

 これだけじゃ、内容がわからないので、あちこちで引用されている以下の記事もあわせてお読みくださいませ。

■「エロゲーは危険な社会を作り出す凶器」――規制を求める請願、衆議院に

 現時点で全文が見れていないので、上記記事に書かれている内容を元に話をしますが、 どうやら5月に円より子参院議員が付託した請願とほぼ同様の内容と思われます。

 記事を順番に見ていきましょう。

 「ランドセルを背負った小学生の少女をイメージしているものが多く」えろげユーザーはほぼ同じことを言うと思いますが、 ぱっと見小学生だろうと思うようなキャラは決して多くありません。 実際に、ソフ倫(コンピュータソフトウェア倫理機構)などは、キャラの頭身について指針を示しており(俗に言う5頭身規制)、 極端に幼児体型のキャラは現状表現できません。

 また、そもそもここで言及されているやランドセルについては、ソフ倫では2001年から自主規制として事実上表現できなくなっており、 仮にもうひとつの倫理団体であるCSA受審された作品で表現されているにしても、 現在の受審シェアからして、到底「多い」といえる状況にはなり得ません(とっさに数字が出ませんが、今度ちゃんと調べておきます)。

 ランドセルなどの象徴的なものがない場合、キャラの見かけから年齢を判断することになりますが、 一部の実写的なイラストを除けば、大多数はデフォルメされたキャラであり、一部を誇張・省略することがデフォルメである以上、そこから年齢を読み取ることは、非常に困難であると言わざるを得ません。 正直、このようなイラストに長く接してきた自分などでさえ、ぱっとイラストを見て「○歳くらい」とはとても言えません(もちろん明らかなものはありますが)。

 以前行われた市民団体の調査で「制服」や「体操服」などを着用しているものが「未成年表現」としてカウントされたものがありましたが、 もしこれをそのままえろげに適用して規制対象とした場合、「成人が着用する」ことを前提とすれば実写で表現可能なことが、イラストでは表現できないという逆転現象が発生することになります。

 「アダルトゲームで青少年は心を破壊され、人間性を失う」人間性を失うかどうかについては、 誰も明確な調査を行っていない以上、この断定はまったく無意味なのでおいておくとして、 根本的にアダルトゲームはその名前の通り、18歳未満には販売できません。 18歳未満には販売できない商品に対する批判として、青少年への影響に言及するというのは、率直にいって理解に苦しみます。

 この論調をそのまま他の「大人の娯楽」に適用するならば、「未成年の飲酒は健康被害が発生しているため、酒類の販売を規制すべきだ」、 「競馬等の公営ギャンブルは、未成年の金銭価値観の崩壊につながっているため、公営ギャンブルは規制すべきだ」ということになります。

 これがいかに的外れな指摘であるかは、論じるまでもないでしょう。 青少年への被害云々というのであれば、いかにして青少年の手に渡らないようにするかを議論すべきであって、 そのものを排除しようとするのは、特定表現を対象にした弾圧でしかありません。

 「幼い少女達を危険にさらす社会を作り出していることは明らか」これも上記と同様で、 何を根拠として「幼い少女達を危険にさらす」のかがまったく理屈としてわかりません。 二次元のキャラクターに対する性欲については、精神科医である斉藤環氏の言説を引用します(発言はすべて松文館裁判第7回公判より)。

 氏の言説によれば「現実において女性に向かう性欲の領域と、二次元上に描かれた女性あるいは女性のような図像に対する欲望とは全く異なったもの」としており、 「二次元のキャラクターに対する性欲は一種のフェティシズムであり、一般性のあるものではない」としている。 ここでいう「一般性」というのは、端的にいえば「見慣れていない人間はエロ漫画では性的興奮を得られない」という意味です。

 特に重要なのが、前者の「現実の性欲と二次元上の性欲はベクトルが異なる」という部分で、 二次元のキャラというのは必ずしも現実の人間などを投影しているものではないことです。 あくまで、その存在自体が「ファンタジー」なのであり、その「ファンタジー」は決して現実に出てくることはありません。

 次に、メディアの悪影響論についてですが、数々の反証が世の中にはありますが、ここではその例として、 宮台真司氏(首都大学東京教授)が松文館裁判に提出した意見書(新しいページで開きます)を紹介します。第二部に悪影響論に関する論説があります。

 まったく根拠を挙げず、悪影響論を振りかざす言説より、遥かに説得力があるのは明らかです。

 さて、長々と書いてきましたが、今日のえろげの状況と今回の請願に記載されている内容がこれだけ乖離していることことからもわかるように、 ろくな調査も行わずに、規制を求めているのは明らかです。 最近ともすれば「自分が不快であること」を「社会通念上許されない」という、言葉の置き換えで表現する人が増えているように思いますが、 この件にも同じようなものを感じてなりません。

 いずれにしても現状が理解されていなければ、建設的な議論を行うことはできません。 指摘が真に迫っている内容であれば、業界側も真剣に検討せざるを得ないでしょうし、より良い方向性に進もうという動きも出てくるでしょう。 今回の請願も、例えば「青少年に一般的に渡っている状況をなんとかしてくれ」ということであれば(そういう現実があるかどうかはともかくとして)、議論の余地はあるでしょう。 しかし、このような「言いがかり」を吹っかけられても、業界は対応の仕様がありません。正直この内容では「いや、そんなことはありません」しか言えないので、一切先に進めない。 何せ、前提として書かれている状況が現実に合っていないわけですから。

 規制を求める側も、もし本当に児童(なぜ請願は「少女」に限定されているのかも、かなり疑問です。「少年」に対する性犯罪は増加してるのに)に対する性犯罪を減らしたいのであれば、 見たくないものであってもきちんと見て、真剣に状況を分析するべきです。 単に目に付いたものを場当たり的に規制しても、そうそう結果はついてきません。 少なくとも、今回の請願の内容を見る限りでは、真剣に性犯罪を撲滅しようとしているとはとてもじゃないけど思えません。

 こういっても、おそらく規制派の人は信じないでしょうが、児童に対する性犯罪を撲滅したいと願うのは、 えろげユーザーであろうと同じです。むしろ、そういう犯罪が起こるたびに、犯罪者予備軍のような目を向けられるえろげユーザーの方がより切実でさえある。

 えろげというのは、言うまでもなくサブカルチャーです。今後もサブカルチャーであり続け、 決して一般化することはないでしょう。個人的には、一般化していいものとも思いません。あくまでマイノリティの趣味であるべきです。

 しかし、だからといって、そのサブカルチャーが半ば言いがかりで排除されるようでは、 社会としてどうなんだという思いはあります。

 単なる1ユーザーの言説ですから、わたしの言うことなぞ、何の力もありませんが、 思うところは、細々と書き綴っていく所存です(最近えらいサボり気味ですが)。 まぁ、色々考えていただければ幸いです。