[公演・ステージ]

12/26,27の「サクラ大戦巴里花組ライブ2009」。 / 2009-12-28 (月)

 すごく久々にblogの記事を書きます。今年も色々と舞台を見てきましたが、 まぁ、やっぱりこれはちゃんと書いておかないといけないかなと思い、鉛並に思い心の筆を取りましたよ(笑)。

 というわけで、昨日、一昨日、青山劇場で行われた「サクラ大戦巴里花組ライブ2009~燃え上がれ自由の翼~」です。

 サクラ大戦の舞台としては、昨年夏の紐育星組のラストショウ以来。 辛うじて毎年公演というお題目が続いた感じです(笑)。

 正直なところ、昨年のラストショウで、サクラの展開は完全に終了だと思っていました。 広井王子氏がREDの役員から外れたということもあって、このままフェードアウトしていくんだろうなと。

 しかし、8月に突如として、隊長コンビ(陶山章央・菅沼久義)のウェブラジオが始まり、 9月にはこの巴里組ライブの発表と、正に青天の霹靂というか、どうしたセガ?といいたくなるような急展開っぷり。

 まぁ、ゲームの続編作るのは色々難しいでしょうし(紐育星組も結構不遇な扱いになってますし…)、 ラジオやショウの展開というのは、うれしい限りではあります。

 さて、そろそろ当日の話に。わたしは26日夜、27日夜の2公演に参加してきました。

 サクラ恒例、開場前のキャストご挨拶は、今回3公演ともあったようで、26日夜、27日昼は隊長コンビ+ベロムーチョ。 27日夜は3人に加えて、田中公平先生とシゾーでした。

 27日夜公演は先頭の方に並んでたので、無事皆さんと握手していただけました。シゾーは絶対出てくると思ってましたが、公平先生はびっくりしましたわ。 …しかし、俺DVDの映像に映ってんじゃないのか?気付いたらすぐ後ろにカメラいたし。乞うご期待(苦笑)。

 そして本編は「巴里花組ライブ」という名称の通り、歌中心のショウ。 とはいえ、そこはサクラ大戦のライブなので、客席のノリは歌謡ショウ系と同じで、基本は着席で手拍子のみ。 一幕、二幕のラストのみスタンディングOKで、二幕の後半はサイリウムOKという感じ。

 ライブハウスなどの「跳び」系ライブに慣れてる人は物足りなさがあるでしょうが、 女性率高め、親子率高め(実際親子用のファミリー席という設定がある)のサクラにはこれがいいんでしょう。

 一応、全体のストーリーとしては、テアトル・シャノワールで行われる、クリスマス特別公演を、 紐育星組のサニー、新次郎、昴が見にやってきたという内容。 舞台装置は比較的シンプルな構成でしたが、シャノワール内の背景は、なかなか見栄えがしました。

 曲数は新曲6曲を含む、全23曲。内容の詳細は、電撃さんのリンクはっとくので、そっちで見てください(笑)。

 今回は2日間3公演のという短いものということもあるんでしょうか、 驚くほどアドリブの余地が少なかった印象。

 前述の通り、初回と最後を見たわけですが、シゾーが大神隊長をいじるところや、みんながベロをいじるところは別として、 きっちり台詞が同じなんですよ。初回でアドリブなのかな、と思った横山智佐さんの結婚ネタとか、 内田直哉さんのレ・ミゼラブルネタとか、2日ともまったく同じでした(って、どっちもシゾーの台詞だな(笑))。

 ということは、それだけ台本が作りこまれているという意味なので、いやはやさすがというしかない。

 サクラの舞台を見たことがある人は、ご存知の通り、サクラの舞台というのは、 「声優さんの舞台」ではなく、あくまで「キャラクターの舞台」です。

 大体アニメ・ゲーム原作のライブだと、自己紹介が「○○役の××です」で始まって、声優さんが地声でMCやったりするわけですが、 サクラの舞台の場合は、徹頭徹尾キャラとして舞台に立ち、台詞もすべてキャラとしての台詞です。 もちろん、最後の挨拶などは、声優さん自身が感じていることを話しているでしょうが、キャラの声と口調できちんと話します。

 ぶっちゃけ、ここまでやっている舞台をわたしは他に知りません。 正直、ここまでコストがかけられる作品はまずないってのが実際のところだとは思いますが…。

 こんだけやってるんで、一般的なイベントに比べればチケットは高いです。 今回は9000円ですし、本格的に舞台仕立てのものになれば、10000円を越えてきます。 でも、それだけの価値がきちんとある。そう思える舞台なのです。

 27日夜公演では、幕が下りた後、5分以上に渡って(ぶっちゃけ、スタッフに散らされるまで)アンコールの拍手が鳴り続けました。 なんか、帰りがたくなるんですよね、最終日って。この濃さが、ある意味でサクラの魅力でありますな。

 幸いにして、今回のライブ中に、来年3月6日(土)に東京厚生年金会館で、帝都花組のライブショウが開催される旨、告知がありました。 チケット取り大変そうだけど、次があるって素晴らしい。去年のラストショウのときの悲壮感とは大違いだ!(笑)

P.S. このライブの開催にあたり、とんでもない尽力をし、また当日もあちこちで駆けずり回っていたセガの中山Pに感謝を。

■“サクラ愛”の御旗のもとに! サクラ大戦巴里花組ライブ 2009をレポート
http://news.dengeki.com/elem/000/000/225/225331/

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[本]

「乃木坂春香の秘密(10)」読了。 / 2009-06-25 (木)

 しばらく、電撃文庫作品が続きます(笑)。

 電撃文庫6月の新刊、『乃木坂春香の秘密10』(五十嵐雄策著)です。

 9巻の終わりが、バレンタインのどたばた騒動から裕人が家に帰ってくると椎菜がいた、っていうシーンで終わってたので、 どうなるやらと思っていましたが…うん、乃木坂ってこういう作品だよね(謎)。

 今回の構成は4話+エピローグ。全体的な印象としては、ようやくストーリーに巻きが入ってきた感じです。 内容的には、いつも通り、べたべたアマアマお約束なラブコメです。

 麻衣ふぇあれいでぃおで、ミキティかワダアツ(電撃文庫編集部の三木一馬氏と和田敦氏。ともに乃木坂の担当編集)が言ってましたが、 乃木坂は読後感として、春香のかわいさが残るように意識しているってことでしたが、さもありなん。 10巻の最初の話が、椎菜メインの話で、「あー、椎菜もかわいいなー。なんとか報われて欲しいなー」とか思ってるのに、 途中から意識が春香に向き始め、最後まで読み終わると、椎菜はどうでもよくなっていて、春香の印象だけが残っているという(苦笑)。 まぁ、それだけ春香のキャラの作り方が反則気味だってことなんですが。

 ちょろっとだけ各話の話をすると、椎菜メインの話は、まぁお約束な展開。勇気出して攻めてみるも攻めきれず…。 ラクロスの話では、新たにフラグをひとつ立て…。那波さんの話でも、なんか微妙にフラグ立ってるような…(全然内容説明になってない。気になる人は買って読もう(ぉ))。

 「乃木坂春香の秘密」という作品自体、大昔の少女マンガのお約束的展開をベースに、最近の少年誌的なお色気を混ぜてるような作品なので、 ある意味、想像から外れた展開にはならないのが、長所であり短所ですね。好き嫌いは結構はっきりわかれそうではある。 ま、わたしは大好物ですけどね(きっぱり)。

 しかし、最近は、すっかりタイトルである「秘密」ってファクターがどっかいっちゃってるよねぇ(未読の方向けに。春香がいわゆるアキバ系趣味を持っていることが「秘密」なのである)。 まぁ、そもそも学校のシーンがあんまり出てこないので、秘密を隠さないといけない相手がいないってのもあるんですが…。

 でも、ラクロス物のアニメが好き(ノクターン女学園ラクロス部)という理由で、ラクロスのコーチ頼まれるとか、 美夏は一体どういう説明をしたんだ、と正直思った(笑)。美夏の同級生達には、どう考えても春香の趣味は秘密だと思うんだが…。

 個人的には、最後にちゃんと春香の趣味をみんなに理解してもらうっていうエンディングを期待したいところ。 椎菜、良子、麻衣、3バカ辺りのクラスメイトはばらしても大丈夫そうだし。信長はいわずもがな(っていうか、明らかに知ってるだろ奴は)だし。

 前述の通り、ようやくストーリーに巻きが入ってきたので、いよいよクライマックスに向けて、 次巻から展開していきそうです。

 いやぁ、椎菜は最後どうなるんだろうねぇ…。 いやまぁ、結末自体はわかりきっているわけですが、どういう展開になるのかは気になりますわ。 あんまりひどいことにならないといいんだけど(苦笑)。 きっと、シリーズ読者はみんな椎菜を応援してると思うんだ。たとえ噛ませ犬でも、当て馬でも、なんとか輝いて欲しいところ。

 椎菜以外の立ちまくってるフラグもどうなるんだろう(笑)。全部そのままなかったことにされるのかなぁ。 最低限、美夏はなんらかのフォローが入ってくるとは思うんだけど…。 巻が進むに連れて、明らかに美夏の本気度が上がっていってるからなぁ。そのまま放置だとちょっとかわいそう。

 できれば、フラグ立ってるキャラがみんな集まって、本気で裕人を取り合ってしっちゃかめっちゃかになるとか、そういう話が見てみたいです。 すごく楽しいことになると思うんです。五十嵐先生、是非ご検討をお願いします(笑)。



■「乃木坂春香の秘密(10)」(五十嵐雄策著、電撃文庫)

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[本]

「狼と香辛料(XI)」読了。 / 2009-06-22 (月)

 読んだものは、なんでも書いてみようという気になったので、適当につらつらと。

 つーわけで、電撃文庫5月の新刊、『狼と香辛料XI~SideColors2~』(支倉凍砂著)です。 ちゃんと発売日(より正確には数日前)に買ったというのに、部屋の掃除のせいでどっかに紛れていたという…。 先日予想外のところから出てきたので、やっと読むことができました(苦笑)。

 シリーズ読者ならサブタイトルを見ればわかる通り、本筋の長編ではなく短編集です。 収録されているのは、ホロとロレンスの日常を描く短編2編と、エーブ・ボランの生い立ちを描く中編が1編の計3編。

 ホロとロレンスの2編は、結構古めの話ですかね。各巻の内容をしっかりとは覚えていないので、正確に何巻の辺りとはいえませんが、 タイムライン的には序盤の方の話でしょう。ちゃんと行商で商売しようとしてるし(最近の巻だと、収入あるのかよくわからんのよね。寄り道ばっかりしてるし(笑))。

 で、この2編は、あとがきで著者自身が書いている通り、「ベタ甘」です(笑)。 本筋の長編は、何かしら騒動があるので、まったりした雰囲気にはならんですからね。短編集ならではといえるでしょう。

 しかし、ホロの思考っていうのも、論理的なようで、かなり気分屋だし、 そこにロレンスがなんとなくうまく乗っかって展開していくので、個人的には「へー、そーなんだ」としか思えないんですけどね(苦笑)。 どっちかがルールにのっとって動いていれば、まだ違うんでしょうけど。 下手に読解しようとせず、流れのままに楽しむのが正しいんだろうなぁ…(苦笑)。

 3編目のエーブの中編。これは、家が没落して、エーブが商人として身を立てようとしている頃の話。

 本編では凄腕の商人として登場するエーブが、まだ貴族気分が抜け切らないお嬢さん然としてるところが、面白いですな。 これは中編だけあって、いつもの長編のような構成になっています(読んだことある人はわかるよね?)。

 最後に、読者の知る「エーブ・ボラン」にクラスチェンジ(?)するわけですが、そこから本編までの間を考えると、 なんとも複雑な気分になりますなー。あとがき見る限り、この中編は後付けっぽいので、もともとどういう設定だったのかが気になったりしますが。

 しかし、この中編では「文字」というのが、非常に重要な要素になってるんですが、ちょっとわかりづらいんですよねぇ…。 具体的にどんな文字を使ってるのか、イメージしづらいので、「そうなんだ」といわれても、納得しづらいというか(苦笑)。 特に最後に出てくる名前については、もっと明確に説明しても良かったのではないかなぁと(ぶっちゃけ、なんでそうなるのかわかってません、わたし)。

 まぁ、基本的にこの作品は、読者が知りようもないことが原因で、状況がひっくり返るので、今更いってもしょうがないかも知れませんが…。

 普通に面白いんだけど、どうにも小骨が喉に刺さったような読後感です、はい(苦笑)。



■「狼と香辛料(XI) Side Colors2」(支倉凍砂著、電撃文庫)

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[本]

「世間さまが許さない!」読了。 / 2009-06-11 (木)

 えらい久しぶりの本の感想です。というか書くのいつ以来だろうと思ったら…2006年以来でした(苦笑)。

 さて、という訳で、2年半ぶりのネタ(笑)は、岡本薫氏の『世間さまが許さない!-「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」』(ちくま新書)。

 この本は、端的にいうと、日本人が元来持っている性質と、戦後日本に導入された民主主義がいかにミスマッチをもたらしているかということを、分析しているものです。

 本文に先駆ける形で、民族の特質というのは「優劣をつけるものではない」ということが、まず論じられます。 各民族の特質は、「向いてる」ものと「向いてない」ものがあるだけであって、絶対的な基準は存在しない。 特質に優劣をつける場合、基準をどこに置くかでまるで変わってくる。

 一例を挙げれば「豊かな生活」と一口にいった場合、この定義を「金銭的に恵まれて、各種ハイテクに支えられた生活」とするか、 「本来の人間が持っている自然と共生する生活」とするかによって、優劣はほぼ正反対になってくる。

 このように、ある民族の視点が常に基準におかれるため、民族の優劣は何らか偏向したものでしかありえない。 こんな感じで、まず著者は感覚をニュートラルにせよと迫ってきます。

 次に語られるのが、日本人のもっている特質。 著者によれば、日本人が元来持っている性質は、「価値判断の基準を世間一般の考えにおく」、 「誰もが同じモラル感覚を持っている(持てる)はずだと信じている」、 「ルールよりもモラルを重んじる」ことだと論じている(これら特質をまとめて「日本的モラリズム」と呼んでいる)。

 これに関しては、否定する人はほぼおらんでしょう。 「赤信号みんなで渡れば怖くない」ではないですが、みんなと一緒で安心というメンタリズムは多かれ少なかれ、日本人は感じているかと。

 それに対して、本来西欧人の特質に向いている制度である、「自由と民主主義」というのは、「個々の内心がバラバラであることを前提にして」、 「一般に迷惑をかける行動のみをルールで縛る」という仕組みであるとする。 すなわち、「内心で何を考えていても問題がなく」、「ルールに反しない限りは行動も自由であり」、 「ルールに違反した場合はその責任として罰則が課される」という仕組みですね。

 これも、皆理屈でわかっていることだと思います。ある部分に多少引っかかりを覚える人もいるでしょうが、基本的には「自由と民主主義はそういうものだ」というでしょう。

 ここから、著者の分析が本格化します。 日本では「自由と民主主義」が導入されているが、同時に「日本的モラリズム」も生きている。 しかし、この2つは時に相反する要素ではないのか(つまり、日本人は自由と民主主義は向いていないのではないか)と論じます。

 これの端的な例として「ルール違反ではないのに、モラル基準に照らし合わせて社会的な批判が浴びせられる」とか、 「本来、システムの問題なのに、モラル(要するに根性論)で解決しようとする」、 「ルールに明確に違反しているのに、モラル基準で理解できると、許されてしまう」ことなどが挙げられています。 確かに、前述の「自由と民主主義」の前提に立てば、矛盾に満ちた行動といえるでしょう。

 本書では、この後「自由と民主主義によって、日本的モラリズムがいかに機能不全を起こしているか」、 「日本的モラリズムによって、自由と民主主義がいかに機能不全を起こしているか」という両面から多くの具体例が挙げられていきます。

 特に強調されているのが「自由と民主主義を導入して、内心はバラバラになるべきという方針であるはず(そして、実際にばらけてきている)なのに、 相変わらず、すべての人間が同じモラル基準を共有しているはずという日本的モラリズムに(無自覚で)どっぷりとつかっている」ということです。

 詳細な内容は是非、一読してもらいたいのですが、個人的に非常に得心した例は、この辺。

「いわゆるモンスター○○や、クレーマーといわれる人達は、旧来の日本人とは異なるモラル感覚を持っているが、 すべての人間が同一のモラル基準を持っているはずという、日本的モラリズムの前提に立って対応している。 だからこそ、彼らのモラル基準では、間違ったことが行われている(=悪)のに対して、『善意』で抗議を行っているのである (むしろ、他の人が抗議しないことが不思議でならない)」。

「国際的な交渉においてさえ、すべての人間が同じモラル基準を共有できるはず、という前提に立脚している」

 わたし自身、えろげ規制の請願が出たときに 「最近ともすれば「自分が不快であること」を「社会通念上許されない」という、言葉の置き換えで表現する人が増えているように思いますが」 という文章を書いてるのよね。

 前述の通り、これが「実際は内心がバラバラなのに、自分が世間一般とモラル基準を共有しているということを信じて疑わない」ということになるわけだ。 まぁ、確かに日本人って、社会通念上のモラル違反を、「悪」として糾弾してきたという前提はあるわけだしなぁ。 そういう意味では、THE日本人的なモラリズムの発動なのかも知れない(まぁ、えろげーまーがニュータイプかっていうと、それもなんか違う気がするが)。

 まぁ、えろげ規制の話に関しては、規制論者がモラル違反=悪という思想から抜け出せないのであれば、 規制論者と議論の余地はないわけで、そうすると、言葉は悪いけど、批判をいかにかわすのかという方向性で考えないとしょうがないんじゃないかと。

 もっとも、サブカルである以上、「目をつけられない」ということが一番大事なんですけどね(最近、それがわかってない人も多いようだけど)。

 閑話休題。本の話に戻ろう。

 全体を通してみると、正直、ところどころ「?」という内容は含まれているし、諸手を挙げて賛同する気もないですが、 日本の状況をきちんと捉えていると思うし、常に社会について色々考えている人にとっては、新たな視点を与えてくれる一冊だと思います。 ここまで読んでみて興味が沸いた人は、是非読んでみて欲しいです。突っ込みいれながら読めばいいのよ(笑)。

 あぁ、そうそう。最後の章に、ルールよりも世間さまのモラル基準を重視するのであれば、いっそ「自由と民主主義」を捨てて、 世間さまに基準をおいた「世間さま制」を実施してみれば、という思考実験がありますが、間違ってもこれを本書の結論として受け取らないこと。 あくまで思考実験として、想像の翼を広げてみるのをお勧めします。 どこが実際取り入れられそうか、どこが実現性が薄いのか、そういうのを考えてみるのが面白いと思う。

 というか、この「世間さま制」の思考実験は、実はこの本全体の確認テストなんじゃないかという気さえする。 一応、ニュートラルの状態で検討してみた結果、「モラル的」な実現性は置いとくとしても、「システム的」に実現が難しい要素が多々含まれているんだよね。 どうも、読み終わって数日経った現状では、著者から「きちんと、モラルとシステム分けて検討できましたか?」って言われてる気がしてならないのよ。

 とりあえず、久々に新書で読んで良かったと思えた本でした。


■『世間さまが許さない!-「日本的モラリズム」対「自由と民主主義」-』
 (岡本薫著、ちくま新書)

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6/3,5の「ウマいよ!地球防衛ランチ」。 / 2009-06-08 (月)

 最近、すっかり不定期観劇blogとなりつつあるなぁ…(echo)。 ドリル魂のときに、観劇感想まとめるといっていて、結局まとめてないしなぁ…。有言不実行すぎていかんですな。

 さて、というわけで、先週の水・金と見てきた劇団ヘロヘロQカンパニー21回公演「ウマいよ!地球防衛ランチ~残さず食べてね~」の感想なぞを。 千秋楽が昨日(7日)なので、あんまりネタばれは気にせず書いていきます。

 例によって、劇団紹介から。

 劇団ヘロヘロQカンパニーは、声優である関智一が主宰している劇団です。 劇団員も小西克幸や、長沢美樹など、主に声優で活動している方々が所属していたりします。

 個人的に、声優系の劇団って、あまりいいイメージがなかったんで、ぶっちゃけなめてたとこがあったんですが…。 えぇ、すいません、俺が悪かったです(苦笑)。思った以上にしっかりした公演でした。 まぁ、冷静に考えてみれば、本公演を20回以上重ねている時点で、しっかりした物は持っているはずなんですが(苦笑)。

 会場は新宿の全労済ホール/SPACE ZERO。あまりの女性比率の高さに、一瞬入るのを尻込みしたのは内緒だ(笑)。 実際、女性が7割から8割といったところでしょうか。どちらかというと、男性向きの話をやっているのになー。

 んでまぁ、実際にホールの中に入ってまず思ったのが「金かかってるなぁ…」ということ。 正直、そこらの小劇団なら発狂しそうなくらい金がかかった舞台装置が構築されていました。これは、前売りが4900円になるわ…。

 あと、ホール自体も近代的で使いやすそうでしたね。ステージも可動式である程度いじれますし、 照明バトンもわらわらあって、かなり自由な演出ができそうな感じでした。 伝統と格式では及ぶべくもありませんが、こと使いやすさって意味では、紀伊國屋ホールより上かもとか思ってしまいました…。

 舞台内容は、地球防衛組織「FRY」の前線基地で起こる騒動を描いたものです。 基本的にコメディタッチで、ネタ満載、アクション豊富、それでいてストーリー的にはきちんと伏線を張り、見所を作っているという、 非常によく練られた作品でした。

 基本のストーリーは、基地内に緊急警報が鳴り響き、隊員達が花人間になって襲ってくるというもの。 その原因を突き止め、対処法を発見し、解決するまでが描かれています。

 メイン級の役者には皆見せ場があり、それぞれの出演者のファンが見ても、そこそこ満足できそうな感じ。 メイン級と一口にいっても、関智一、小西克幸、長沢美樹、永松寛隆、那珂村タカコ、大河元気、小川輝晃、能登麻美子と、これだけいるわけで、 それぞれ見せ場があるってのは、すごいことなんですが(苦笑)。

 個人的に印象に残ったのは、長沢美樹、那珂村タカコ、小川輝晃の3人。特に長沢美樹はおいしすぎ(笑)。 ゲームマニアの女医ミウラという役どころなんですが、これがバイオハザード(ゲームのね)にはまっていて、 途中で殴られて意識が飛んだ後は、ミウラ・ジョイノビッチとして、朦朧状態のまま、本家ミラ・ジョヴォビッチばりの活躍をするという…(汗)。 極めつけは、シャッターから、赤い照明に照らされ、バイクにまたがった姿で登場するくだりで、ここまでやるかという感じでしたよ。 多分公演中で一番受けていたシーンだと思います。

 そして、最後の最後、実はこの大騒動が、マチル(能登麻美子)とトビイ(大河元気)の痴話喧嘩(謎)が原因であることがわかるわけですが、 おっさんエロゲーマーとしては、アリスソフトの「ぷろすちゅーでんとGOOD」を思い出してしまいました(あれも宇宙人の襲来が実は夫婦喧嘩が原因だったという話なので…)。

 水曜夜公演、金曜夜公演と2回見たわけですが、その2日の間にも大分進化していましたし、 それに何より、序盤から多くの伏線がちりばめられているので、真相を理解した上で2回目が見れたのはとても面白かったです。 「これが、あれの伏線なのね」とか「あー、ここでこんな細かい伏線をきちんと張ってるんだ」とか、複数回鑑賞の醍醐味を堪能できました。

 あーちなみに、言わなくてもきっとわかると思うけど、わたしの目当ては「能登かわいいよ能登」の能登さんでした(笑)。 初日はちょっと声の出し方がつらそうだなと思ったところが、金曜はだいぶ改善されていて、日々進化していくもんだなぁと感心しきり。 …しかし、よくあの役をオファーしたものだと思う。そのくらい意表は付かれました。詳細が気になる人はそのうち出るDVDででも(ぉ)。